鹿島。思えば怪しい所はいくらでもあった。あの女は軍用艦ではなく民間商船でいきなり港に現れた。軍隊手帳と着任の書類は本人が持参していたが、本国からの辞令は来ていなかった。ただ前線と本国の通信が途絶することは頻繁にあったし、壊滅した部隊がなし崩しで統合されることもよくあり、何より戦力が不足していたので、そのまま着任した。悪化する戦局に焦燥しきっていた提督が突然現れた小悪魔に現を抜かすのに時間はかからなかった。提督は、あの女が望むものはすべて与えた。あの女は贅沢品をあまり望まず、むしろ秘書艦の分限を越えるような機密情報をねだった。「秘書官としてもっと提督さんのお役に立ちたいから。」その言葉に提督は一層狂った。ある日、あの女は失踪した。機密書類の山とともに。その直後の深海棲艦の大攻勢で絶対国防圏は破綻した。軍はあまりの大失態を公にできず軍法会議すら開いていない。提督は今、戦闘神経症との名目で閉鎖病棟に幽閉されている。提督はいまだ自分が何をしたのかすら理解しておらず、鹿島は戦闘で未帰還になったと信じ、毎日あの女の名前を叫んで悲嘆に暮れているそうだ。