ヌルガイと先生の件ですが、私も当時色々思う所がありました。ただ最近すごく悩むのは、漫画や映画に民族の被差別問題が絡んだ時、その問題が解決されずに物語が終わった場合、その作品はダメなのか、作品の中の民族は被差別問題と向き合う為に、戦う為に登場したのか。 彼女が差別問題の象徴として登場したけれど、彼女がそれと戦うというのは押し付けではないのか。ラストで先生と女の子になった事を幸せになれたと思う人もいれば、先生に消費されていると思う人もいると思います。ただどちらにしても、1人の民族の女の子のストーリーだったと思うようにしています。