やこさんは名の通り。夜に狐の声が聞こえたら「やこさん」だ。 祖父はそう言って私の頭を撫で、最近「やこさん」の声を聞かんなぁ、と溢した 「そんなのいるの?」 私の問いに祖父は目を細め、どうかなぁと答えた。 そこは頷かないとおかしい。音がするなら、鳴らしている何かが存在するはずだ。故に「やこさん」の声を聞いたことがある以上、それは在る。筈なのだ。 「どうしてあやふやなの?」 今にして思えば純真無垢で、残酷すら伴う私の言葉に、祖父は優しく応じた。 「やこさんなんてもんが本当にいても、儂らのところにはもう来んだろうしなぁ」 「どうして? 狐じゃないの?」 狐じゃない、「やこさん」だよ。祖父はそう繰り返す。 「開発が始まって、鉄道だの道路だのが山を切り開いてるだろ? 「やこさん」はそういうもんに敏くてな」 昔は月が出てから森に行くと「やこさん」に怒られる、なんて言ったもんだ。懐かしげに言う祖父の顔は、少し寂しげで。 「だからもう「やこさん」には会えないだろうな」 幼い私にはその言葉の重みが判らない。 今なら解る。変化とは、年を経ると辛くなるものなのだ。 私は私の孫を抱えながら、そんな事を思った。