何度も言いますが、問題は解釈の「正しさ」ではないですよ。 エゴとは他者の利を念頭に入れない事ですよー。 縁壱による良かれと思ってされた、または僅少選択肢のせいで行われた行為によって、兄(他の家族含む)の存在が軽んじられて選択を誤らせていたわけです。例:兄と父は母の死に目にもあえず病気をいたわることもできなかった。 これが悪意なく無自覚に行われている点がよく批判されているように見受けられますね。 縁壱がいた環境による擁護はappeal to pityぎみでちょっと。縁壱推しなので忌子縁壱に斟酌したいですがそれとこれとは別の話では。 先生が深く考えず盛ったエピソードが、よくよく考えたら縁壱の言動にも非があったという兄弟の愛憎関係の根本を揺るがす話だった、という点です。極論ですが、それまで勝手に兄は自爆したように描かれていたので。