個人的な感想ですが、縁壱の顛末に関してのみ言えばあれは胸糞でも何でもなく相応の人生だったなぁ…と感じた者です。縁壱は天才であるが故に背負わなくて良い責任を大量に負わされたと言えるが本当にそうかな?という立場で考えると、彼は神馬に跨がりながらその自覚薄く手綱を握り統制する必要性を見逃した人なんだと思う訳です。力ある者の責任以前に力の統制(その力をどこに置くべきかも含めての向き合い方)の重要性を知らずに生きた人。例えば怪力に生まれた人は他人を傷付けないよう力の加減をしつつ己を周りに馴染ませる努力(畏怖の対象となる力を人の為に使う等)が必要で、普通ならしなくていい努力ではありますがそれを不要とサボってしまえば軋轢が生じるのは仕方ない訳です。…縁壱のギフトって怪力どころじゃない訳で、という事は彼の言う美しい世界(人の世)に馴染み人並みの幸福を得る為には相応の努力(己を知り世界を知り力の置き所を定める等)がいる訳です。だから罪なき善人と呼ぶのは悲しくも無理があり(徒歩の者達の中一人だけ騎馬である事実故に)悲惨だけど己を知らずに長く生きた事の皺寄せという側面を本誌を読んでいて感じた次第です。