けんつさんは結局「ほんとうのこと」を見つける気など最初からなく 「哲学」という「儒教」と同程度には時代的な観念の枠組みの中で、「後生の哲学者に評価される大哲学者」になりたいだけなのでは 「普遍的な真理」といういかにも「哲学」的な観念が普遍的かどうか疑う回路は持ってないのがその証左でしょう