継国父、一貫性が無い、そんな遺言程度で揺らぐ信念で兄上を殴ったのかという点から物語の辻褄を合わせるための犠牲者として扱われるのをちょくちょく見るのですが(推しが継国父なので名前検索すると目に入ってきます)、辻褄を合わせる為の犠牲者ではなく本当に描写通りの人間だと思うんですよね。 遺言程度と言いますが彼にとってアレは病状に気づけず自分に何も言わず死んだ最愛の妻の最後の言葉なので罪滅ぼしで叶えたいと思ったんだと思います。(これは遺言を見て子供達への愛に目覚めたとかではなく贖罪したいという彼のエゴだと私は思います。死んだ妻の代わりに大事にしたいという愛?はあった思いますが。) 兄上や他の登場人物があまりに強い信念を持ってるだけで彼は愚かな人間というだけではないかと感じたのですが西郷さんはどう思いますか?